慢性子宮内膜炎とは
子宮内膜は受精卵が着床する重要な粘膜組織です。慢性子宮内膜炎は、子宮内膜に持続的な軽度の炎症が見られる状態であり、着床不全や早期妊娠時の流産の原因の一つとされています。症状がほとんどなく、一般的な婦人科では診断が難しいことが多いです。
特に高度な不妊治療である生殖補助医療(ART)を受けている方々の約15-20%に、胚の着床がうまくいかないという問題が見られます。この状態は「反復着床不全(RIF)」と呼ばれ、その中の14–67.5%に慢性子宮内膜炎が関与しているとの報告もあります。また、流産を繰り返す方々でも、9.3–67.6%に慢性子宮内膜炎が見られるとの報告もあります。これにより、慢性子宮内膜炎は反復着床不全や反復流産の一因かもしれないと考えられています。
しかし、慢性子宮内膜炎が着床不全にどのように関与しているのか、そのメカニズムはまだ解明されていませんが、慢性子宮内膜炎が進行すると、内膜が着床環境を整えるために必要なエストロゲン(女性ホルモン)やプロゲステロン(黄体ホルモン)に反応する受容体が減少することが示唆されており、これが着床不全を引き起こす可能性があるとされています。
慢性子宮内膜症の検査
子宮鏡検査
細くて柔軟なカメラを用いて子宮内部を観察します。慢性子宮内膜炎だけでなく、子宮内膜ポリープや子宮壁下にできる筋腫といった、着床障害の原因も特定できます。慢性子宮内膜炎では、小さなポリープが複数存在(マイクロポリポーシス)、赤みを帯びた炎症、多数の赤い斑点、内膜の腫れなどが見られることがあります。カメラが細いため、軽い痛みしか感じず、診察時間は約5分で終了するとされています。正診率は60%以下とされており、最終診断は病理学的検査を優先します。
ALICE
(次世代シークエンサ)
次世代シークエンサ技術を用いて、子宮内膜組織から微生物の遺伝子を検出し、子宮内部の微生物叢を分析します。同時に、分析結果に基づいて適切な薬物治療法を選定することも可能です。この技術を用いた慢性子宮内膜炎の診断は高い感度を持ち、これまで見落とされていたケースでも正確に診断可能です。一方コンタミの影響や内膜炎の起炎菌の同定と炎症の存在は同意語ではないという否定的な見解も一部あります。
病理診断
(免疫組織化学)
子宮内膜組織を採取し、免疫組織化学検査を行います。CD138という表面抗原を持つ免疫細胞、形質細胞の存在を確認します。形質細胞は、慢性感染や急性感染の終末段階、また月経期間中に子宮内膜組織に現れるものです。このCD138陽性細胞の存在により、慢性子宮内膜炎の有無を判断します。この検査では細菌の種類は同定できません。
細菌培養
子宮内膜分泌液を採取し、数日間培養して微生物を同定します。しかし、培養では同定できない微生物が存在することや、検体採取時に膣内微生物も混入することから、正確な診断が難しい場合があります。そのため、最近では一般的な診療でこの検査を行うことは少なくなっています。
慢性子宮内膜炎の治療
近年、反復着床不全でも適切な治療を受けることで、慢性子宮内膜炎の存在有無に関わらず、臨床的な妊娠率や生児獲得率が同様の水準に向上することが報告されています。当院では、患者様に応じて以下の治療法を提案しております。
抗生剤
慢性子宮内膜炎の原因となる細菌(腸球菌、大腸菌、連鎖球菌、マイコプラズマ、ウレアプラズマ、バークホリデリアなど)が複数の研究で特定されています。これらの細菌に対しては、単剤だけでなく2種類の抗生剤を併用して治療する方法もあります。アレルギーの有無などを考慮して適切な選択が行われます。適切な抗生剤治療により、99%以上の患者様で慢性子宮内膜炎の症状が改善するとされています。
また、抗生剤は慢性子宮内膜炎による反復着床不全の治療に非常に効果的であると考えられています。
プロバイオティクス
善玉菌を含む乳酸菌などを摂取することで、体内の微生物環境を調整する治療法です。近年注目を浴びていますが、科学的な根拠はまだ十分に示されていません。ただし、このアプローチは抗生剤によって引き起こされる耐性菌の発生を防ぐ効果があるとされています。また、抗生剤の副作用やアレルギーがある患者様にも適しています。当院では、医療用の整腸剤だけでなく、胃酸や消化液に影響を受けにくい特殊な製法で作られたサプリメントも採用しています。